(わざわざ待ってなくていいのに) そう思ってしまうのは薄情だろうか? 薄暗い廊下を歩いている時からオフィスに明かりがついている理由を察してしまっていて、でも実際その光景を見た時は「まさか」と「やっぱり」の混ざった複雑な感情が胸に落ちてきた。 「ただいま、そんなとこで寝てたら風邪引きますよ」 自分の机に突っ伏して寝ている虎徹さんに返ってこないだろうと解って一応挨拶をしてみた。 目を醒ました時は「おはよう」って言うのが妥当かな?今はもう夜だけど この人が勝手に待っていただけだから謝るのも可笑しいし、嬉しいって気持ちより呆れと心配の気持ちの方が大きいからお礼なんて言わない。 だからもう一度「ただいま」だな、って次に目を合わせた時にかける言葉を探しあてた。 僕は労いの言葉と撫でてくれる手があれば充分だから 「虎徹さん……」 呼びかけるでもなく呟いたが起きる気配はない。 僕はあえて気配を消さずに近付く、起きても起きなくてもどちらでもいい。 虎徹さんは目を醒ますことなく安らかな寝息を立てている、半分以上腕に埋もれていて目元しか見れないけど、もともと垂れ目な瞳は綴じられたことによってより優しげな印象を出していた。 部屋に常備してるブランケットを取り出してかけてあげると暖かさからかその顔は一層穏やかになる。 寝顔を見られるのもイヤだけど、きっと寝顔を見ている顔を見られる方がよっぽど恥ずかしいと思う。 だって眠るこの人を見ているだけで幸せなんて恥ずかしいに決まってる。 この人は眠っているから僕の表情なんて見えないけど、ただ愛おしいと思う気持ちも気配でわかってしまうんじゃないかな……と変に意識してしまった。馬鹿みたいだ。 虎徹さんと出逢う前は幸せになることをツラいと感じていたけど虎徹さんと過ごすようになってから幸せはとても恥ずかしいものに変わった。そんな僕に向かって、嬉しそうに笑うから、余計。 「って、いけない……いけない」 そんな風に隣の中年男性に夢中になっていたから気付かなかった。机の上に出掛ける時にはなかった一枚の紙が置いてある。 (アンケート?) 眼鏡を嵌め直して読んでみると僕たちが準レギュラーになってる番組の事前アンケートだった。 あ、虎徹さんの腕の下にある紙もコレか、涎垂らしてなきゃいいけど…… 次回のトークテーマは『LOVE』らしい、なんでヒーローについてなんとなく学べる映像ってコンセプトの番組なのに『LOVE』なんだろう? 貴方にとってLOVEとはなんですか?みたいな質問がズラッとならんでいて答える前から疲れてしまう。こういう質問は実は苦手だ。 全部が嘘じゃないけどイメージを崩さないような答えは出せないし、必要以上に気を遣ってしまう。 だからといって正直に書いたらきっと……そういえば正直に答えたこと無かったなぁ…… 僕にとっての『LOVE』なんて今まで家族以外のこと考える間も無かったけど 『LOVE』か……虎徹さんの母国語では『愛』英語表記すると『AI』で発音する時は『アイ』だ。 なに自然と虎徹さんのこと考えてるんだろう?僕は、まあ現在進行形で愛してるのは彼だから仕方ないのかもな。 「“あい”ですか……」 キィ……と、何年も使っている内に軋むようになった椅子に腰掛ける。虎徹さんにブランケットをかけてからずっと中腰の体勢だったから少し身体が痛くなっていた。 虎徹さんはまだ寝てる。 その寝顔を見ながらポツリと言葉が零れる。 「“あなたの”“いのち”」 なんで、こんなこと言ってるのか自分でも解からなかった。ただ本当に自然と口から出てきたのがソレだった。 あなたの いのち で、『あい』 いつか折紙先輩から教えてもらった日本の言葉遊びに『あいうえお作文』ってあったな……それを無意識に憶えてたのかもしれない。 虎徹さんもオリエンタルタウン出身だから聞いてたらツッコミ入れられてたかも知れない。彼が寝てるからこそ零れ落ちた気持ちなんだろうけど そうだ、僕はあなたの眠る姿をみて、あなたのいのちを感じてた。 「“あなたと”“いたい”」 コレはあなたをこんな風に愛する前から感じていたことだ。あなたが僕のとなりに存在してるだけで充分な時期がずっと前にあった。 「“あなたに”“いたずら”」 それから次第にあなたの身体に触れたいと思いだしたんだ。手を伸ばして虎徹さんの髪を自分の指にくるくる絡めながら呟く。 指を話したら髪が解けてすぐ真っ直ぐになってしまうのは少しさみしい、僕なら一度ついた跡は暫く残るのにな。 「“あなたを”“いかせない”」 行かせない、じゃない、逝かせない。 手を虎徹さんの背中まで下して、じっと押し当てる。 (ああ傲慢だ) 僕はこの心臓の音をずっと守るのが自分の使命かなにかだと思ってる―― 「どうせなら“あなたと”“いきる”って言って欲しかったな、バニーちゃん」 「……虎徹さん」 自分の胸に戻そうとした手を素早く捕らわれる。 起きてたんですか、悪戯した時に起きなかったから不思議だったけど……ずっと 「虎のくせに狸寝入りなんて卑怯ですよ……虎徹さん」 「兎のくせに寝込みを襲うなんて卑怯ですよ?バーナビーさん?」 起き上がった虎徹さんから腕の中に閉じ込められた体中が沸騰するかと思いました。 でも急にぐきっと身体を折り曲げられたので腰が悲鳴を上げます。 「痛い痛い痛い!虎徹さん放して!!」 「えー?やだー折角バニーちゃんが珍しくデレてるのに」 「珍しくって……あなたが鈍いだけじゃないですか?」 人を好きになったり愛することには慣れていても、この人は鈍感だ。 恋愛スキル高そうに見えて実は低いんじゃないだろうかと疑わしく思うこともある。 「バニーの愛情ならちゃんと伝わってるよ、でも言葉にして聞かせてくれることってないから」 「今のはあなたが勝手に聞いてただけでしょ……」 ああもう恥ずかしいなって思って抱き着いたら虎徹さんから笑われた。息が耳元に掛かってくすぐったい。 (……幸せだなぁ) あのね、虎徹さん。僕もやっぱり愛とか恋とかよく解らないとこが多いです。 でも時々胸が苦しくなる時があるんです。それは“あなたが”“いとしい”って叫びたい時なんですよ。他でもない、あなたに 「なぁバニーちゃん……このアンケートさ、お互い本当のことは書けない……ってまあ嘘じゃねえけど」 そうですね、きっと虎徹さんも僕もきっと『家族』への想いを書くでしょう?それは決して嘘じゃないけど、真実でもない。 「いいじゃないですか、二人だけの秘密ってことで」 「俺はそろそろそこに楓も加えたいんだけどな」 「それならヒーロー仲間やロイズさん達が先でしょう」 僕の両親にはもう報告済みだけどそれは置いといて 「とにかく、こういうアンケートも正直に書けないし、世間じゃ俺の本命はまだ亡くなった奥さんだけだと思われてるけど」 奥さんが本命なのは一生変わらないでしょ?と思ったけど敢えてスルーしてあげとこう、ずっと友恵さんを好きな虎徹さんも好きなわけだし 「家族の事とか会社のこと考えて隠してるのもあるけど、一番はお前との関係を大切にしたいからだからな」 お前と一緒の幸せを邪魔されたくないし壊されたくない、折角心から笑えるようになったお前をもう一ミリだって傷つけたくないんだ! って虎徹さんは僕を強く抱きしめながら言ってくれた。 「はい“隠すこと”も愛の一つだと解かってます」 以前はそれに気付けなくて悔しい想いもしたけど 「あなたが誰に僕達の関係を隠そうとしても、僕はあなたを信じます。僕になにか隠したとしても、それこそがあなたの愛だと信じます」 「バニー……お前」 「でも本当のことを言ってくれても全部受け止めるつもりでいますから」 さっきから僕は抽象的なことしか言ってないけど虎徹さんにはちゃんと伝わってるかな?かなり鈍い人だから心配だ。 「ねえ虎徹さん」 「愛してる、バーナビー」 「――ッ!!」 僕が言おうとした言葉を先に言われて思わず身体がビクリと震えてしまう。 「愛してる、バニー、バーナビー……」 「あ、あ……あの……」 少し低めのセクシーな声で愛を囁かれて、名前を呼ばれて、どうにもならない程、僕は純粋じゃない。 恐る恐る、期待を込めて顔を上げれば間近に大好きな瞳があって息を詰めた。 「僕も」 ――愛してます。 それだけ言って呼吸もできなくなった僕らは瞳で真実を語りつづけた。 ああ結局「ただいま」って言うタイミングを逃したなぁ…… 「ていうかバニー……あいうえお作文かよ」 虎徹さんから予想通りのツッコミを入れられたのはそれから暫く経ってからだった。 END “あなたので”“いかせて”もアリですかね?(笑) |