バーナビーは激怒した。必ず、己の鈍感無粋な相棒を落とさねばならぬと決意した。 バーナビーには恋愛がわからぬ。バーナビーは、シュトルンビルトのヒーローである。悪を討ち、スポンサーと食事をして、暮らしてきた。 けれども相棒に対しては、人一番に敏感であった。 今日未明バーナビーは部屋を出発し、エントランスを越えハイウエイを越え、二段階離れたこのブロンズの街にやって来た。 バーナビーには父も、母もない。誕生日プレゼントのウサギぬいぐるみと二人暮しだ。 (――まあ、今はそのぬいぐるみにも沢山の友達が出来ましたけど) 途中まで虎徹の国の有名文学作品に自分の状況をなぞらえてみたけれど、どうもしっくりこない。虎徹が鈍感無粋なのは事実でも別に自分は激怒していないし落とそうなどと決意していないからか この主人公の妹のように今度ぬいぐるみ同士で結婚させてみるのもいいかもしれない、いつぞや酔ったテンションで通販してしまった白いベールと緑の蝶ネクタイがあるから……未だにどんな心境でソレらを注文したのかバーナビーは思い出せなかった。 酔った時に通販サイトを見るのはもう止めよう、そこが自らのスポンサーであっても いっそぬいぐるみ用の衣装を着せてもいいか、結婚式の披露宴会場の入口に置いてあるウェルカムベアみたいに (ウェルカムベアならぬウェルカムタイガー&バニー……) 商品開発部に匿名で打診してみようかな?商品化したら買いたい――なんて、出来もしない夢物語を描く。 そんなバーナビーは只今アントニオからの要請でブロンズまで下りてきていた。 『虎徹が酔いつぶれたから迎えに来てくれ』 それに対し「仕方ありませんね」と答えた後「何故わざわざゴールド住まいの自分を呼ぶのだろう?自分で送ればいいじゃないか?」という疑問が浮かんだが、断ったら他の人間に迷惑が掛かると思いそのまま電話を切った。 ここでバーナビー以外の人間を呼べば翌日恨みがましい視線で見られるし、アントニオが虎徹を他の奴に任せられないと考えているからなのだが、当の本人達は気付いていなかった。 二人が飲んでいるというバーの近くに駐車し、しっかり施錠を確認してから虎徹を迎える為に歩き出す。足取りは消して重くない。 地下にある店の中は少し気圧が違うように感じる。風があまり通らないからか酒の匂いより様々な人の匂いで酔ってしまいそうだ。それでも虎徹やアントニオが通う店というだけでバーナビーはそこまで悪い印象を持たなかった。 「……アントニオさん」 「おおバーナビー悪いな、急に呼び出して」 一際大柄な男は薄暗いバーの中でもすぐ見つけられた。公共の場なのでヒーロー名ではなく呼ぶとアントニオは本当にすまなさそうに笑う、気が優しくて力持ちとはこういう人のことを言うんだろうなぁとバーナビーは思う。 隣では虎徹がぐうぐうと寝息をたてて眠っていた。 「本当ですよ……毎回毎回いくらバディだからってそこまで面倒みきれません」 口で文句を言う割に、雰囲気は柔らかい。ここ最近のバーナビーはジェイクを倒してからの十ヵ月とはまた違った甘やかな眼差しで虎徹を見ているようだ。 「折角だから何か飲んでいったらどうだ?」 「いえ、車で来たので……あ、でも出来たらホットミルク頂けますか?」 虎徹を家まで送り届けたら今夜はもう相棒の家に泊めて貰おうと考えた。 「それにしてもバレンタインだというのに男二人で飲んでるなんて……二人とも誘ってくれる女性はいるでしょうに」 バーナビーの中では奥手なだけでそれなりにモテる印象のあるアントニオ、虎徹に至っては何人かから声をかけられているのを目撃している。 「お前に言われたくねえよ、つーか絶対今日お前用事があると思ったのに」 「……なら何で僕を呼んだんですか?いくらなんでも女性との逢瀬を無下にしてまで虎徹さんを迎えに来ることはありませんよ」 虎徹を好きな以上、実際そんな状況になることはないだろうが、ヒロイズムの強いバーナビーに女性を悲しませるようなことが出来る訳ない。 「そりゃ虎徹が「バニーちゃんが女の子と過ごしてるわけない!疑うなら電話してみろ」って五月蝿いから」 「はぁ?」 只でさえ高い気圧がまた上がったような気がする。テーブルについた手がぐぐっと握り込まれ明らかに怒っているオーラを発していた。 「帰ります……」 「ちょっと待て!試すようなことしたのは悪かったけど!」 「僕が本気出せば一緒に過ごす相手なんていくらでも……」 「ちょ!お前ヒロイズムどこいった!!」 「ヒーローだって人間です!恋もすりゃセックスだってするんです!!」 あんまりな物言いに目を剥いているアントニオを無視して、バーナビーは携帯からこの時間でも付き合ってくれそうな相手を探す。別にセックスなんてしなくていい、そんなもの好きな人としなくては意味がない。 しかしバーナビーとアドレス交換するような気の合う相手なんて“本命の彼氏がいる真面目で一途な子”や“十時過ぎて飲食なんてとんでもないわ!という美容オタク”あと“訳ありで家族と離れてくらしている恋人というよりお母さん的な人”ばかりだった。 一番は誘っても断られる、二番は誘っても断られた挙句お説教まで受けそう、三番は本人と家族に申し訳なくて誘えない。それ以外の相手は……駄目だ未成年だし虎徹やアントニオとも知り合いだ。 「あ、いっそアニエスさんでも誘ってみますか」 「ヤメロ!!それだけはヤメテくれ!!」 片手でミルクをちびちび飲みながら携帯を操作する。本当はそんな行儀悪いことせずミルクの風味を味わいたかったのだが一刻も早く相手を見つけて虎徹やアントニオに示したかった。だってなんだか惨めじゃないか“バレンタインに一緒に過ごす相手がいない”なんて自分の気持ちに気付いてもくれない人に思われるのは 「よし、決めた」 “本命の彼氏がいる真面目で一途な子”の中で最近恋人と喧嘩ばかりしているという子、愚痴り合戦という名目なら誘われてくれるような気がしてきた。カチカチとメールを作成し、送ろうとすると 「なぁ?その相手って男か?」 アントニオの隣からどすのきいた低い声がうねり上がる。 「虎徹起きたのか?」 「……んなわけないでしょ?何で僕が男を誘うんです?」 「いっつも誘われてんじゃねえか」 テーブルに突っ伏したまま顔だけ此方に向ける虎徹には酔いが回っていた。これは珍しい酔い方をしたもんだ。 「パーティの時とかスポンサーのオッサンとかに」 「あんなの冗談に決まってるでしょ?本気の人は隣にアナタがいるのに堂々と誘ってきませんよ」 虎徹本人は知らないが、そういう席でのバーナビーは虎徹を見て“この人が好きなんですオーラ”を出しているらしいので、からかうつもりの人しか声をかけてこない。 そしてバーナビー本人は知らないが、そういう席での虎徹はバーナビーを見て“コイツ俺のだからオーラ”を醸し出しているので余計からかい半分の人しか寄ってこないバディだった。 だから本当に注意すべきは一人で出席するパーティの時だけだ。 「どうだかな、お前わざと隙見せてるようなとこあるし心配なんだよ」 「隙っていうか、あまり余所余所しい態度をとるのも失礼でしょ……だ・い・た・い!僕は男で、ヒーローですよ?そっちの気のあるスポンサーの方には気を付けてますし!心配には及びません」 「男とか……お前くらいキレーな奴ならそんなん関係ないだろ?もっと警戒しろよ」 「大丈夫ですよ。僕これでも身持ち堅いですし」 話がおかしな方向に進んで行ってるとアントニオが警戒し始めた。 スポンサー相手にわざと隙を見せるようなバーナビーにもっと警戒心を持てと虎徹は言う。 ゲイのスポンサー相手にはちゃんと気を付けているから大丈夫だとバーナビーは言う。 そっちの気がない奴でもお前は見目がいいから警戒しろと虎徹は言う。 それに対し身持ちが堅いから大丈夫だとバーナビーが言い返した。 (やっぱりおかしいだろこの会話) だが、真ん中に座っているアントニオは逃げられない。 「だいたい何のために身体鍛えてると思ってるんですか、僕が本気で抵抗して逃げ出せない相手なんていません」 いやお前が身体鍛えてるのは市民の平和を守る為だろう。それに薬飲まされて記憶操作されたことがある人が何を言っても説得力がない。 「はぁお前……そんな油断してっといつか本当に喰われるぞ」 心配しているというより呆れているという風な言い方にバーナビーもカチンときた。 「わかりました……では虎徹さんが僕を押し倒すことが出来たらもっと警戒心を持ちます」 「は?」 「そしたら僕が簡単に貞操奪われるような男じゃないと証明できるでしょ」 どうしよう話が捩れまくっている。アントニオは焦ったが、軌道修正を図る前にバーナビーが話続ける。 「僕が腕力で負ける相手なんてバイソンさんか虎徹さんくらいですから、逆を言えばこの二人に押し倒されなければ誰も手籠めにできないってことになります。でもこんなことバイソンさんには頼めないので虎徹さんがやってください」 「ああ、俺に頼まれても困る」 だいたいそんなことしたら虎徹に殺される。想像しただけで背筋が凍りついた。 「言っときますけど、口説いて落とすのは反則ですからね!力づくで来てください?」 「身が堅いって言ったくせに口説かれたら落ちるってのは矛盾してないか?」 酔っている癖に鋭い虎徹。バーナビーは一瞬焦ったがすぐ無視を決め込んで 「あと虎徹さんはしないと思いますが薬の使用も却下ですよ。前後不覚の時に出動要請が掛かったら困りますから」 「当たり前だろ!」 「まぁこの僕がオジサン相手にどうこうされる訳ありませんけどね」 この物言いに今度は虎徹がカチンとくる番だった。 「……わかった絶対お前を押し倒してやるから覚悟しろよ」 「押し倒すだけじゃ納得しませんよ!抵抗できなくなって僕が逃げ出せない状況になるまで信じません!!」 「だー!もうわかったよ!お前がもう「喰われる!」って思うまで追い詰めてやるからな」 「言っときますけど、お互いの家では無効ですよ?僕が他の人の家に一人でのこのこ行ったり招き入れる状況はありえないですから」 「はぁ!?じゃあどこで押し倒せっていうんだよ!!」 「虎徹さんが警戒しろって言う人物が僕に手を出せるような場面でですよ」 アントニオは遠い目をしながら周りの音をシャットアウトすることに努めていた。このバディここがバーだということを忘れてはいないだろうか…… 原状をスカイハイ風に言うと「場を弁えたまえ」だろう、すぐ目の前にいるバーテンダーは気の毒だが特に気にした様子もなく淡々とグラスを磨いていた。接客業の鑑だ。 しかし虎徹は鈍い、バーナビーの言動から彼の気持ちに気付いてもいいはずなのに、いくら酔っぱらっているからと言って酷いぞコレは 両サイドでバディが睨み合う中、段々と痛み出した胃を癒すためアントニオも同じ被害者であるバーテンダーにミルクを注文するのであった。 《ジャスティスタワーのトレーニングセンター》 「へぇ、それでタイガーが肉食獣みたいな目でハンサムを見てるのね」 アントニオから話を聞いたネイサンが面白そうに微笑む。 「若い奴らもいる所でああいう雰囲気はやめてほしいもんだが」 次の日、酔いが醒めても記憶をばっちり残していた虎徹は文字通りバーナビーを虎視眈々と狙っていた。 一方バーナビーも一度言ったからには後には引けず、一切の隙を見せず一定の距離を保ち一人で黙々とトレーニングを続けている。 と、そこに―― 「皆さーんちょっといいですかー?」 ヒーロー仲間限定であるがやっと堂々とした態度をとれるようになってきた折紙サイクロンことイワンが皆に集まるよう声をかけた。皆どうしたことかと集まるとイワンはこれまたヒーロー仲間限定で見せる様になった得意げな表情で宣う。 「一日遅れましたが皆さんにバレンタインチョコを持ってきました」 そしてイワンが取り出したのはバーナビーにとっては苦い思い出のあるエッグチョコだ。チョコに罪はないけどこれの所為で去年のバレンタインは気分最悪だった。 「ありがとうーごめんね私たちは用意してないのに」 「ボクもー」 「いいえいいえ、いつも皆さんにはお世話になってますから」 こうして目の前で配られるチョコを見ると「やっぱり虎徹さんにあげればよかったかな」と後悔したような気持ちになるバーナビー、昨日の今日とはいっても別にバディには険悪な雰囲気はなかった。ただ少し虎徹の視線が怖いだけだ。 「……ハンサムも前集めてたわよね、このシリーズ」 「はい、もう全部揃っちゃったんで止めたんですけど」 「それが新しいシリーズが出たんですよ」 「へぇ……でも」 もう、集めることはしないだろうなと思う。 「やっぱり虎引きがいいなバニーちゃん」 そう、ある時を境にバーナビーはこういうものを買うと虎ばっかり引き当てるようになったからだ。たとえ犬とか猫とかハムとかが欲しくても虎グッズばかり当たる。 プレゼントや番組の商品なんかでも虎ばかりもらうのでバーナビーの部屋は着々と虎に侵され中だった。 「いくらワイルドタイガーの相棒だからって動物の虎まで好きだというわけじゃないんですが、勿論きらいじゃないけど……」 とらぬいや虎刺繍などは良いがリアルな虎はこわい。ワイルドタイガーのポスターなんて夜に目が合うと怖くてベッドから出られなくなるので本気で困ってる。 それでもクローゼットに仕舞ってしまうのは忍びないと律儀に飾ってしまうバーナビーなのだった。 「ごめんなーバニー」 「なんで虎徹さんが謝るんですか?」 「だってソレ俺の所為だろー?」 「なにがです?」 「俺がバニーに他のもん当てて欲しくないって思うからバニーの部屋が虎だらけになっちまったんだろ」 ――いやアンタにそんな力ないでしょ、そしてどんだけ独占欲強いのよ!!――ブルーローズから発せられる冷気でトレーニングルームの気温が何度か下がった。 冷えた身体を暖めるために皆がトレーニングに戻る中、バーナビーだけその場に固まって動けない。 (だから!口説くのは反則って言ったろアノおじさん!!) 残念ながら虎徹の言ったことを全く本気にしていない、本当に残念。 そんなバーナビーの背後にネイサンの魔の手が迫った。 「うわっ!なにすんですか!!」 いきなり尻を撫でられて跳び上がるバーナビー、いやらしい触り方じゃないからそれ程変な声は出なかったが、まったく気づかないのは問題だろう。 「うーんやっぱり隙だらけよねハンサム……タイガーの言うことにも一理あるんじゃない」 「ここにはヒーローしかいないからですよ」 無意識に信用していると同じようなことを言われ、嬉しそうに腰をくねらせながら唇に指を当てるネイサン。 だが次にバーナビーはネイサンに振り返り見上げながら寂しそうに言った。 「でも……ファイアーエンブレムの恋人になる人は大変だなぁって思います」 「え?なんでよ?」 「だって自分の恋人がこんな風に色んな人のお尻触ってるって思ったら、きっとやきもきしちゃうと思います」 そんな事でやきもきしてくれる様な相手を選んだことはないが、そう真面目な顔で言われると少し困る。 ――ガシャン その時、ベンチブレスが悲鳴を上げた。 「虎徹さん!?大丈夫ですか!?」 虎徹がバーベルを落としたらしい、心配そうに駆け寄るバーナビから視線を逸らし、運動したからではなく溢れ出す汗をどうにか治めようと必死だった。誰にもよく理解できないが今の言動がどうもバーナビー限定で浅くて広い虎徹のツボにハマったらしい。 (これじゃあ押し倒すだけじゃ済まないかもしれないわね……) その時は二人の恋が成就したって事だから祝福するけれど、周りに生々しい事情を悟られるのはやめてほしい。特にカリーナとパオリンには絶対。 「ねえ、バディ相手にずっと気を張ってるのも大変だろうから期限を設けたら?」 「期限?」 「ああそれいいかもな、ずっとバニーに触れないのはツラい」 「僕だって虎徹さんを避け続けるのはツラいですよ」 ――コイツラは……―― 「ええ、そうねえバレンタインに始まったんだから来月のホワイトデーまでにしたら?」 「そうですね、それが丁度いいかも!」 「ホワイトデー過ぎたらバニーに普通に接せるんだな!そう思えば我慢できるかも!」 「はい!虎徹さん!頑張りましょう!!」 ここまで明け透けなのになんでお互いの気持ちに気付かないんだろう?他のヒーロー仲間達が不思議に思う中、提案したネイサンだけはニンマリと笑みを隠していた。 この兎ちゃんは知らないんだろう こうして期限が出来ることで相手のヤル気に火がつく事を それが同時に自分のお尻に火を着ける行為だと…… (ふふ、一ヶ月後が楽しみねえ) 虎が追いつくか 兎が逃げ切るか 勝敗なんて最初から目に見えているけれど END |