時々ハッとすることがある。バーナビーの優しさは考え抜かれたものだ。
自分の言動で他人がどう思うかを計算し、様々な結果を考慮した上でしか他人に優しくできない。
無意識に相手を傷付けないように必要以上に意識しながら人に関わる。特別でない相手に優しくすることは結果的に相手を傷付ける可能性があるからと、本当に大切な人達だけ特別扱いしようとする。
不特定多数に本気の好意を持たれることに気付き、返せない想いに罪悪感を抱く。だからせめて幻滅だけはさせないように己を磨き続ける誠実さが彼にはあった。
恐らく真面目なぶん騙され易い所もあり、バーナビーの幼い頃から彼を利用しようという大人が周りに一定数いたという事も想像できる。彼が未だに人付き合いが苦手で警戒心が強いのはその所為もあるんじゃないだろうか。
それでも長年信頼していた後見人からあんなこっぴどく裏切られた割には人を信じているし人を守りたいと本気で思っている事が窺えた。

――だからな、俺、バニーのそういうとこは本気で尊敬してるわけよ

いつか酔った虎徹がそう語っていた。
しかしバーナビーはそんな自分を打算的で心が狭い厭な人間だと思い込んでいるのだと言う。

――違うって言ってやりたいけど思い込み激しいから信じさせるには根気いるんだよな、やるとなったらなかなか大変そうだぜー?その役目他の奴に譲る気ねえけど……頑固で強くて、やっぱり臆病なんだよアイツ

だから傍にいてやりたいって思うんだ――と困ったように笑った虎徹を見れば彼がバーナビーをどう想っているのか解る。
今の話を本人にも言ってやれば良いと思うが、虎徹自身が憶えていない酒の席だけで語られる言葉だ。きっと素面の時は心の奥底に追いやっている感情なのだろう。とんだ似た者バディだな。
バーナビーも同じように酔いが回れば、そして虎徹本人がいないところなら少し本音を交えて話す事が出来る。

頭で考えるよりも先に体が動いて、そこにいる全てを幸せにしてしまえる人が傍にいるから、自分もそんな人間になりたかったと……いつだったか言っていた。

――でも、僕は幸せですよ

愛しげに言う横顔は切ないまでの真実を帯びていて、きっとバーナビーは悔しいだろう、自分はたった一人を幸せにするのに必死なのに、その幸せにしたい奴から簡単に幸せを与えられるのは……

でもバーナビーだって他人を幸せにできる人間だとヒーロー仲間たちは思っていた。
その方向性は少しズレているけど

「はい、これロックバイソンさんのです」

そう言ってアントニオの目の前に差し出されたのはピンクの薔薇のストラップ。
昨日バラ園に行ったバーナビーが『皆さんに』と買ってきたお土産だ。それを見てファイヤーエンブレムは面白そうに声を弾ませた。

「あら可愛い、ピンクなの?」
「はい虎徹さんのライトグリーンならあったのですが、残念ながらロックバイソンさんの色は無かったので……」
「だからって何故ピンクなんだ?」
「えっと牛肉の色、ですが」
「……」

本当に少しズレている。
これが虎徹やネイサンなら「からかってんのか?」と聞ける、実際隣にいるネイサンはからかいたいのを必死で我慢しているようだから。
だがバーナビーには無理だ。本人は大真面目にやっているのだから世話ない。

「皆さんお揃いなんですよ!」

気に入って頂けましたか?……そんな風にキラキラしたイノセントな目で見られては快く受け取るしか出来ないではないか、とアントニオは引き攣った笑みを浮かべながら手を差し出した。

「えー?アントニオがピンクだったらバニーちゃんは何色なんだよー?赤はファイヤーエンブレムにやってただろ?」

バーナビーの手がアントニオの手に触れそうになった瞬間、二人の間に割り込むように虎徹がやって来てストラップをひょいっと持ち上げる。自分のライトグリーンと揃いのようなライトピンクの薔薇はバーナビーに似合うものだと口を尖らせながらソレをアントニオの掌に落とした。

「え?」

バーナビーは虎徹の問いかけに驚いた様な声を出した。そして「しまった」と顔を顰めた後、しゅんと残念そうな表情をした。忙しなく動く表情を見て「ハンサムも色んな顔できるようになったわねー」と虎徹が二人の間に割り込んだ時から一部始終を見ていたカリーナは感慨深げに呟いた。
しかしバーナビーの色んな表情を見慣れている虎徹は彼の表情からなにかを感じ取ったようで、殆ど勘でまた訊ねた。

「ひょっとして自分の分を買い忘れたとか?」
「……」

沈黙は肯定だった。ヒーローのパーソナルカラーに合わせた薔薇のストラップを全員にお土産として買ってきたというのに自分の分を忘れたなんて……

――ありえないだろ!!

「ちょ!?バニーちゃん!?オジさん悲しくなるからそういうのヤメテ!!」
「す、すみません……皆さんのお土産選んでたらつい浮かれてしまって」
「ッ!……ちょっと待ってろ!!」

虎徹に怒られ目に見えて慌てだしたバーナビーの方を掴むと一度頭付きをかまして、颯爽と何処かへいってしまった。

(買いに行ったな)(買いに行ったわね)(買いに行ったね)(買いに行きましたね)(買いに行ったんでしょうね)(買に行ったんだね)

不安げなバーナビーを余所に他のヒーロー仲間達は虎徹が走り去った方向を呆れたように見つめていた。能力は使わないとしてもワイヤーは使うんじゃないだろうか……

「ところでハンサムなにしにバラ園なんて行ったの?撮影?」
「ああ、プライベートですよ」
「プライベートで?……まあアンタなら似合うけど」
「はい、丁度“青薔薇”が展示中だと看板が出ていたので気になって、ブルーローズより少し色は濃いめでしたけど綺麗な花でしたよ」
「へぇ」

天然タラシかよ、その場にいた大人組が心配そうにカリーナを見たが全く靡いていなかった。きっと虎徹でトキメキ耐性が出来てしまったんだろう。最近は虎徹にも以前の様にときめかなくなってきたので違った意味で心配になるが――

「それにしても虎徹さんどこ行ったんでしょうか、トレーニング途中なのに」

少しムッとしたように言うバーナビーに「お前のせいだ」と言ってやる者は誰ひとりとしていなかった。



翌日――アポロンメディア、ヒーロー事業部オフィス。
虎徹がいつもより早めに出勤するとバーナビーが虎徹のパソコンをカチャカチャと扱っていた。

「おはようバニー」
「……おはようございます。随分お早いですがどうしたんですか?」

いつもより早い虎徹の登場に目を白黒させるバーナビー。

「ちょっとな……お前こそ俺の机でなにやってたんだよ……ん?」
「ああ、おじさんでも使い易いように書式を直してあげてたんですよ」
「へぇ……」

画面を見てもどこをどうしているのか解らないが一応かっこうだけ感心した風に呟く。まあバーナビーがするのだから間違いはないだろう。

「ありがとな」
「いえ、大したことありませんよ。これで虎徹さんの仕事が捗れば僕の手間もだいぶ省けますし」

と、嫌味を忘れずニッコリと営業スマイル。本音半分・照れ隠し半分といったところだろう。

(……まいったなぁ)

虎徹にとっては世話の焼ける子供のような存在でも、バーナビーは本来『他人の負担を和らげる』こと『無駄なストレスを最低限に抑えさせること』が巧い。それが出来るのは彼自身がずっと誰かの手を煩わせたり頼る事を避けてきたからだと思う。

(また惚れ直しちまいそう……)

虎徹が傷付いた人間に寄り添い励ましたり元気付ける添え木のような存在なら、バーナビーはその人がそれ以上傷付かないように離れた所からそっと守る風除けのような存在だった。

たとえば出動時、彼は頭も体も使い所が違うからワイルドタイガーに出来ない事が出来る。逆もまた然りだけど、バーナビーだってワイルドタイガーの思いもよらない方法で人を助けたりもする。
情熱が足りないんじゃなくて、形が違うだけ……

「それにしても本当に珍しく早いですね、今日雪が降ったらどうしてくれるんです?」
「だッ!俺の所為かよ」

今だってそうだ虎徹が苦手なデスクワークでも効率よく終わらせられるようにパソコンの書式設定を変えたりしてくれる。彼自身はそれを誰にでもできる大したことではないと思っているだろうけど、普通そんなことまでしてくれない。

(こんなこと言ったらバニーちゃんは悲しくなるかもしれないけど)

それが今の彼を形成したのだと考えれば、彼が誰にも寄りかからず孤独に生きた過去はけして無駄ではないだろう。
バーナビーが持つ優しさは、勝手な行動が多く一人で何でも背負い込もうとする自分のような人間に必要なものだと虎徹は強く思い知らされていた。

「今日早く来たのは、コレをバニーちゃんに渡したくてだな」
「へ?」
「はい、どうぞ」

手渡されたのは見覚えのある包装だった。というか昨日自分が持って来たものだ。

「え?え?」
「みんなお揃いなのにバニーちゃんだけ持ってないなんて俺ヤだからさー」
「……」
「ん?バニーどうした?」

掌の上のそれを見下ろしたまま固まってしまったバーナビーを虎徹はいつものことなのでとそっとしておく。

(プレゼントはいっぱい貰ってきただろうにな……まだ慣れないのか)

ただただ初々しい反応を愛おしく思う。相手の気持ちなんてしりもしないで……

「そうだ!どうせなら開けてやろうか?」

と言って包装をとって再びバーナビーの掌の上に落とした。

(何で)

白い肌の上に真っ白な薔薇のストラップちょこんと乗った。

(何でこの人は……)

「やっぱり兎ちゃんには白でしょーってことで」

(僕がどんなに気を付けてたか知らないで……)

なんでこんな事をするんだろう?――せっかく諦められたというのに
また、貴方を好きにならないように……どんな気を付けて過ごしてたか知らないで……


――せっかく……折角、マリアさんから奇跡に代えて貰った想いだというのにッ!!


バーナビーは泣きたくなった。
自分とイワンの違うところは二つある。
イワンはパオリンと両想いだけど自分は虎徹に片想いをしてるだけ。
イワンはパオリンと出動とトレーニングの時しか会わないけど自分は虎徹と毎日顔を合わせる。

だから、それ以外でも何度も顔を合わせる機会を作ればイワンもまたパオリンを好きになると思っていた。


「なあ?お前が昨日バラ園に行ったのって折紙とドラゴンキッド連れてく前の下見だろ?」
「……」
「お前最近がんばってるもんなー」

虎徹は想い馳せた。最近バーナビーはよくあの二人を連れて出掛ける。曰わく、折紙先輩とドラゴンキッドの仲を取り持ちたいんだとか。
虎徹はあの二人ならそんなお節介をやかなくても勝手にくっ付くと思っていたが、最近たしかに折紙のドラゴンキッドに対する態度が可笑しい。
最初は彼女が生死をさ迷う程の怪我をして愛することに怖くなってしまったのかと思ったが、どうも事情がありそうだ。その事情にバーナビーが絡んでいそうだとも解っていた。
昔の関係とは違うから彼のちょっとした隠し事を無理に探ったりはしないけれど、でもバニーがどうしても遣り遂げたいことがあるとすれば

――俺は相棒として協力してやりたい

「でもアイツらはバラ園って柄じゃねえよな、お前もそう思ったから諦めてお土産買ってきたんだろ?」
「そうですね……青薔薇が気になったのも本当ですが、あの二人を連れて行くならどこがいいかな……と思ってました」

歯切れの悪い返事に苦笑いが零れた。だいたい恋愛経験も碌にないのにキューピッドになろうとするのは無謀だ。
以前『僕は多分、自分から好きになった人じゃなきゃ付き合えないと思うし、好きじゃない人から好かれても困るだけです』等と言っていたけど、それじゃいつまで経っても恋人なんて出来ないだろう。
それが虎徹は嬉しくもあるのだけど

「アイツらなら、そうだなー日本好きと食いしん坊だから……ドライブがてら和食の上手い店にでも連れてってやるのがいいんじゃないか?」
「でも近場じゃドライブにならないから……オリエンタルタウンですか?」
「そうだな、いいんじゃねえか?日帰りするには遠いから」

(ああ、俺は狡いな)

こうなるように誘導した。




「三人とも俺んちに泊まればいいよ」












続く