他人と違う能力があることが不平等だとしても 奇跡を起こすことが罪だとしても 「ねえお客さんには、叶えたいけど自分の力じゃ絶対に叶えられない願いってあります?」 カフェのカウンターで女の店主と会話を楽しんでいたら、不意にこんなことを聞かれた。 虎徹がこの店に入ったのは偶然だ。情けなくもトレーニング中に手首を痛めてしまい、バーナビーや他の仲間達に病院に行くよう強制的に帰らされたからだ。 病院帰りに普段は近寄らないシルバーステージの通りを歩いてみる。この辺はこじんまりとした店が多いな、とキョロキョロしていると一軒の店が目に留まった。 なんの変哲もない昔ながらの落ち着いた雰囲気のカフェ、虎徹はなんとなくこんな場所が好きだった。 「え!?」 「そんなに驚く事ないじゃない」 「いや、だってマリアちゃん」 初めて話す女性をいきなりファーストネームちゃん付けで呼べる辺りが虎徹の強みだ。ただ初対面というわけじゃないけれど 「先週の休みにね、馴染みの同業者達を連れて実家に帰ったんだけど、そこで後輩に同じようなことを聞かれたんだよ」 「後輩から?」 「ああ職場の同僚なんだけどな」 そう言って曖昧な笑みを浮かべた虎徹は淹れたてのコーヒーに目線を落として語り出した。 バーナビーとイワンとパオリンを自分の実家に連れて行った時のこと―― * * * 「いらっしゃい!バーナビー!折紙サイクロンとドラゴンキッドも!」 あの日、久しぶりに会った父親を差し置いて楓は一番にバーナビーに抱き着いた。父の相棒と解かった今でも憧れのBBJに逢えばテンションは上がる。 これはもう仕方ないと諦めてしまえればいいのだが仲良くしているのが楓とバーナビーの場合嫉妬の対象が二人になるので虎徹の悔しさも二倍だった。 「こんにちは、久しぶりだね楓ちゃん。虎徹さんのお母様はじめまして、虎徹さんにはいつもお世話になってます」 「あらまあ丁寧に、こちらこそいつも虎徹がお世話になっております」 「今日はゆっくりしていってね!バーナビー!!」 和やかに挨拶を交わすバーナビーの両後ろに隠れていたイワンとパオリンも顔を出す。 「こ、こんにちは!今日はお世話になります。イワン・カイリンといいます」 「コンニチワー!ボクはホァン・パオリンです。よろしくおねがいします!」 「二人には前に一度会ってるよね」 「はい」 「うん!」 「まぁ可愛いわねぇ……」 ヒーロー達のテレビの前では見せないような素の姿に、安寿もノックアウト寸前だった。 (やっぱり折紙たちも一緒でよかったな) バーナビーの表情も柔らかい、きっとバーナビーだけを連れて来たなら彼は遠慮や緊張でこんな表情はしていなかっただろう。長い道中ずっと傍にいたイワンやパオリンとの会話ですっかり癒されていたようだし、虎徹は眦を下げた。 (次は桜の頃に連れてきてえなあ) コイツにはピンクが良く似合うから、きっと桜の中のバニーは綺麗だろう。きっと新緑も紅葉も似合うから、その時にもまた……なんて考えていると脇を楓の肘が強打してきた。 「イテッ!楓!なにすんの!?」 「お父さんの顔がだらしなかったから」 大して痛くも無かったが教育的指導として叱ると楓がジトーっとした瞳で見上げてきた。 しかしバーナビーの(楓ちゃん怒ってる?やっぱり家族水入らずのとこ邪魔しちゃ悪かったかな)という視線を感じニッコリと笑った。 「ふふ、バーナビー達を連れて帰ってきてくれてありがとうお父さん!あと今回は怪我してないね!偉い偉い」 「楓ぇ〜」 ぎゅーぎゅーと抱きしめあう親子を見て不安げだった目元を緩めるバーナビー。本人はコレで表情に出していないつもりだけど誰も教えていない。 「虎徹、昼ご飯はどうしたんだい?」 「ああ来る途中で済ましてきた」 安寿が訊くと楓を抱え上げたまま虎徹が答えた。 「手打ち蕎麦美味しかったです」 「イワン職人さんみてスッゴイ興奮してたね」 「パオリンは蕎麦をバーナビーさんの分まで食べてたよね」 「だってバーナビーさん蕎麦食べるの下手なんだもん」 「その代わり頂いた親子丼は美味しかったですよ」 楽しそうに安寿の周りを囲んで報告している若者三人は仲の良さが見ているだけで伝わってくる。その中でもやっぱりパオリンはイワンを好きなようにしか見れない。常に彼女の視界のど真中にいる彼は見切れ職人失格だ。 ただ、イワンの方は以前と様子が違っていた。あの事故の前はもっとパオリンを意識していたのに今は普通の友達に対する態度というか……ヒーローになりたての頃の“初めて出来た気負いしなくていい女の子”に戻っている気がした。 自分のこととなると鈍感になるから周りが感じてる違和感をパオリンも感じてるか定かではないが、彼の想いに希望を持っているとは思えない表情だ。 (そんな顔されるとオジサン弱いんだよなあ) 一途さと相手への愛情の表面を覆う諦めの色は、ある種の煌めき。年若い彼女には似合わないソレ。 バーナビーがキューピット役をやりたがるのも頷ける。アレは神様に許された恋をしている人間の輝きだ。 ――許された恋か……楓をそっと下して虎徹は目を綴じた。 娘は最近ますます彼女によく似てきた。瞼の奥の嫋やかな黒髪は振り返ったまま笑っている、全て許すと言うように―― それは都合のいい妄想かもしれないけど 「さて、皆疲れたろうから奥で休んで……その後で自分達が食べる分のを調達してきてもらおうかね」 想いを馳せていた虎徹は安寿の声にハッとして狼狽えたように訊ねる。 「え?母ちゃん客人にそんなことさせんの?」 「調達?自分達で獲ってくるの?」 「おお!これぞ『兎おいしかの山、小鮒釣りしかの川』ですね!!タイガー殿!!」 「いや、我が家はそこまでサバイバルしてないから!!」 「うさぎ……おいしい……?」 日本語が少しだけ理解できるバーナビーは『うさぎ』『おいし』を『rabbit』『delicious』に翻訳した。 「違う!美味しいじゃなくて追っかけるの!」 (まあ追っかけて捕まえた後はどうせ食べるんだろうけどね) 食料の調達、要は畑仕事をさせるということだけど、まあ難しいことはさせないだろう。どうせ何もない所だし、それなら普段できない体験をさせることが一番の思い出になるかもしれない。 そう思った虎徹は楓も連れて畑へと向かった。虎徹とバーナビーが楓と手を繋いで歩いているので、必然的にイワンとパオリンが一緒に歩くことになる。その間も和気藹々していて作戦はどんどん成功していっていることが解かった。 帽子をかぶってゴム長靴を履いたバーナビーなんて見れるのは世界中を探したって此処くらいだろうと得に思っていた虎徹だったが、彼が離れていた一年の間に果樹園で働いたことがあると聞いて少し気分が下がった。 ダンゴ虫の所為で途中脱線したが基本働き者の三人はあっという間に収穫を終え、楓から「やっぱヒーローは凄いねー」と褒められていた。 それでも慣れない畑仕事に疲れた一同は家に戻ると畳の上で雑魚寝を始める。イワン・バーナビー・パオリンの髪色の濃さ順に並んでるのを見てバーナビーの隣に眠りたかった楓が「仕方なくだから」と言って虎徹の膝の上に乗ってきた。可愛い。 昼寝後は居間でおやつを食べながら夕方やってるアニメを観ながらのんびりと休憩。ジャパニーズで長年愛されているアニメに初見のバーナビーやパオリンも食い入るように観ていた。 「折紙パンマン、ボクお腹が空いて力が出ないよー」 「……ほら僕の分のパンもお食べ」 「わーい!ありがとう折紙パンマン!」 早速アニメに影響されている子供たちは可愛い、しかし折紙パンマンって……折紙で作ったパンなんて結局食べられないじゃないか、と虎徹は内心つっこんだ。そして、 「ねえ虎徹さん、あのパン工場のおじさん怪しいですよね」 「は?」 「さっき楓ちゃんからこのアニメは毎回同じパターンだと聞きました。どうしてこのヒーローはいつも都合よく事件現場に遭遇するんでしょう?敵役の彼もどうして毎回攻撃が単調なのでしょう?そしてピンチに陥ったヒーローへ代えの顔がくるタイミングが良すぎます。敵もいつまで経っても捕まらないようですし実はあのおじさんが裏で敵と談合してるんじゃないかと」 「お前は今すぐこのキャラクター達の生みの親にあやまれ」 「……このアニメの中で人間は二人だけのようですし、きっと彼も色々とツライ境遇のなか生きてきたのでしょう……だからそんな哀しいことを……」 「ちょっと聞いてる?バニーちゃん」 テレビの中のパン作りの名人を疑ってかかっている相棒はどうしたもんか……まあ子供向けアニメに本気になるなんて可愛いよな、と虎徹は思った。 「主人公の身近な人間を黒幕だって疑うパターン日本のアニメファンには多いですよね、タイトル忘れましたけど探偵マンガに出てくる博士とか」 「いや折紙そこ掘り下げなくていいから……それにあの博士は白だと思うな!俺は!」 「なるほど確かにそういう展開は盛り上がりますもんね」 「カンフー映画にも師匠がラスボスっていうのあるよー燃えるよね!」 「まぁなーって!オイ!!」 若者達の色んな意味でハラハラする会話が続いているがバーナビーもイワンもパオリンも楽しそうで、虎徹はああコイツら連れてきて良かったと思う。 楓も喜んでいるし久しぶりに家族サービスが成功したような気がする。 「さて、腹ごなしに散歩にでも行くか?今のままじゃ夕飯入んねえだろ」 「えー?ボクまだまだ食べれるよー?」 「折角だから行こうよパオリン」 「……うん!」 イワンから誘って貰ってパオリンも満面の笑みで頷く。この二人を仲良くするという目的も無事果たせそうだと虎徹は安堵の溜息を吐いた。バーナビーに協力するつもりだったのに成果なしでは情けないから。 (やっぱり仕事外で会う機会がないと中々距離は縮まらねえよな) 自身の経験をしみじみと思い出して噛み締める。 こうやってバーナビーを実家に連れて帰れるくらいになるまでは本当に長く密度の濃い時間だった。 「バニーは行かねえの?」 「はい、僕は安寿さんから料理を教えて頂く約束があるので皆さんで行ってきてください」 「私もバーナビーと一緒にお手伝いする」 「うん」 「そっか今日はバニーと楓の手料理が食えるなあ」 幸せそうに頬を緩めて呟けばバーナビーはハッとしたように顔を上げた。虎徹は不思議に思い首を傾げるとバーナビーの顔がみるみるバツの悪そうなものへ変わっていく。 「バニー?」 「……」 「なぁ……」 「あーもう!お父さん折紙サイクロンもドラゴンキッドも待ってるでしょ!!早く行ってらっしゃい!!」 様子の変わった相棒を心配するように再び声をかけようとすると楓がバーナビーの細い腰を抱きしめながら鋭い視線で見上げて、人払いするように言った。 「え?でも」 「バーナビーの事は私に任せて!もうお父さんほんっとデリカシーなし!馬鹿!鈍感!」 娘から小声でひどいことを言われながら追い出された。パオリンはバーナビーを気にかけていたようだが無言で虎徹の手を引き、イワンは苦笑いしながらそれに続いた。 バーナビーや楓の態度にもやもやしながら二人を連れて畦道を歩く。虎徹の家の周りには何もないのが何もないのが新鮮なのか子供達ははしゃいでいる。それを見ている内にもやもやした気持ちも落ち着いていった。 ぐるりと2時間くらいかけてゆっくりと散歩して家に帰ると美味しそうな匂いが玄関まで漂ってきた。 「おかえりなさい!みんな!」 「――ッ!お、おかえ……」 反射的にお帰りと言おうとしたが我にかえって口を抑えるバーナビーに「おかえりで良いんだよ」と楓が笑っている、虎徹が「ああ、おかえりで良いんだぞ?」と頭を撫でれば、おずおずと「おかえりなさい……虎徹さん」と返ってきた。なんだこれ。 夕食はバーナビーや楓も手伝いはしたが殆ど安寿が作ったという、でもレシピは頂いたと言っていたのでシュテルンビルトに帰ってから作ってもらおうと決めた。 ――そして夜―― 「可愛いですね」 「きゃー!ありがとうバーナビー!!」 「に、似合うかな?」 「おう!すげえ似合うぞ!!」 風呂上りにパジャマ替わりに浴衣を着た楓とパオリン、恐らく日本好きなイワンの為に用意したんだろう。 その肝心のイワンはパオリンの浴衣姿に暫し呆然とし…… 「おおおおおおおおお!!!可愛いでござるーーーーーーーーー!!!」 カメラ職人に変身した。 「折紙テメェ!うちの楓も撮りやがれ!!」 「おじさん!邪魔しないで!!得意のスマホで撮ればいいでしょ!??」 折紙カメラマンによる浴衣キッドの撮影会は深夜まで続いた。 * * * 「って、感じで楽しかったんだぜーマリアちゃん」 「うん……それはしっかり伝わってきたし鏑木さんの話は面白いんだけど、いつまでたっても本題にいかないわね」 「本題?」 「だから後輩くんに私と同じこと訊かれたって話だったでしょ?最初」 二杯目のコーヒーを差し出しながらマリアは大きく溜息を吐いた。話している途中で気付いたが、この人ワイルドタイガーだ。出逢った当初、顔出しヒーローのバーナビーを散々罵った(バーナビー談)くせに自分も身の上を隠す気ないだろ!と呆れてしまう。 「“叶えたいけど自分の力じゃ絶対に叶えられない願いってありますか?”」 「……」 「そう訊かれたんでしょ?旅行の時、後輩くんから」 「ああ……そうだな、でも」 言葉を濁しだした虎徹を見て「お客さんが話したくないなら無理には話さなくていいけど」と息を吐く様に笑った。 きっと虎徹が話さないのはバーナビーのことを考えてだから、気になることは本人に聞けばいいことだし 「そっか、悪いな」 「いいえ」 そして虎徹は時間をかけてコーヒーを満喫したあと少し多めの代金を支払ってカフェを後にした。 「……」 彼が出て行った後マリアは店を閉め、今夜会う約束をしている人の為に酒の買い出しへと出掛けた。 “後輩くん”の言葉の真意はその時に話してもらえるだろう―― END |